石巻市 雄勝町伊達の黒船太鼓保存会の公式ブログ  DATE NO KUROFUNE TAIKO of Ogatsu Official Blog.

伊達の黒船太鼓とは


保存会概要

1991年5月、宮城県桃生郡雄勝町(平成17年石巻市に広域合併)
町制施行50周年記念事業のひとつとして発足された創作和太鼓の団体です。
観光客誘致の起爆剤としての役割を担い、地域の活性化と町民の誇れる文化活動を推進を目的に活動しています。

曲名になっている「伊達の黒船」とは、約400年前に現在の
石巻市月浦港から出帆し、世界との外交を目指した慶長遣欧使節船
「サン・ファン・バウティスタ号」のことです。
現在の石巻市雄勝町呉壷で建造された説から、曲名と会の名称にその名が付けられました。

主な楽曲は「伊達の黒船」「図南の響」「祝賀の舞」の三曲で構成されている
組曲:雄勝町伊達の黒船太鼓
また、ピアノと和太鼓の現代音楽曲「ペルム幻想」、2013年第一回おがつ秋の芸祭鼓舞
初演披露した雄勝石も楽器として利用した楽曲「ひふみ」などがあります。

雄勝町の伝統になる芸能を次世代へ引き継いてもらう為の育成、雄勝町を知ってもらう為、そして町を離れざるを得なかった人達への心の篝火となるべく、400年前に伊達政宗公が密かに気に入ったこの雄勝から様々な御縁をつなげ、育てていけるよう「伊達」を胸に太鼓の音を響かせていきます。

国内外で精力的に演奏活動をする中で雄勝中学校で和太鼓指導も継続し後継者の育成をしている。また震災後に「雄勝町胴ばやし獅子舞味噌作愛好連」と協力し合い、雄勝町内の獅子舞の実態調査や記録・保存活動も行っています。





東日本大震災以降の活動


2011年 3月 11日 14:46に発生した大地震での東日本大震災。
宮城県石巻市雄勝町は壊滅的被害を受けました。

使用していた楽器、衣装はもちろん、
稽古場所であった雄勝公民館、そして故郷の雄勝町を大津波により一瞬で無くしました。
一時は会員もバラバラになり、一度は下を向いてしまいましたが、
様々な方々のご支援と、応援により勇気を戴き、
地域の芸能としての有るべき立ち位置を改めて胸にし、
活動を再開することが出来ました。







流失した和太鼓の補充、修理は日本財団より支援をいただき、
主になる衣装はデザイナーのコシノ・ジュンコ氏にデザインを
手がけていただき、その原材料費は日本ユネスコ協会連盟に支援していただきました。

そして、本当に様々方々のご支援により今ここに立て、
太鼓を打ち響かせることができています。





流され漂流した太鼓が海に打上げられているのを見て、
それを自分達でも修理し(またこれも支援で修理法を教えていただきました)
自分達で使う楽器を自分達の手でも直すだけではなく、
獅子舞など太鼓を使う雄勝の芸能団体へ少しでも支えになり保存できる
方向にいけるような活動も試行錯誤しています。

太鼓の修理に関するの記事






まだまだ、震災後の問題は山積みです。

雄勝町の伝統になる芸能を次世代へ引き継いでもらう為の育成、
雄勝町を知ってもらう為、そして町を離れざるを得なかった人達への
心の篝火となるべく、
400年前に伊達政宗公が密かに気に入ったこの雄勝から
様々ご縁を繋げ、育てていけるよう「伊達」を胸に太鼓の音を響かせていきます。



少数ユニット"伊達の黒小舟"


雄勝町伊達の黒船太鼓保存会の有志で成り立たされるユニット"伊達の黒小舟"

主に、伝統曲と呼ばれている「組曲:雄勝町伊達の黒船
(「伊達の黒船」「図南の響」「祝賀の舞」)や「祭鼓」以外の、
ペルム幻想」「十(てん)」「ひ・ふ・み」などの新しい楽曲の演奏。

現代音楽や他民族音楽、電子音楽などを研究し、和太鼓表現をより深め、
また雄勝町内にある様々な祭り囃子の習得を目指し、
そこからの即興表現や、現代音楽的な表現を
重ねて伝統曲への理解を深める活動をしています。




(photo by Kenji Kanazawa at 鳴響pH:5.0)



Date no Kurofune Taiko from Ogatsu

Date no Kurofune Taiko was established in May 1991 to commemorate
the 50th anniversary of the town of Ogatsu
(later merged into Ishinomaki City in 2005) in Miyagi Prefecture.
The group's name, Date no Kurofune("Date's black vessel"),
refers to the history of Ogatsu, where Load Masamune Date's mission galleon,
the San Juan Bautista, was built in 1613.
This is also the title of our main composition.

On March 11th, 2011, when the great east Japan earthquake hit,
the town of Ogatsu sustained catastrophic damage.
Not only did the group lose our taikos, costumes and
the community center where we practiced,
our entire hometown vanished in a matter of seconds.
The members were separated and momentarily lost hope,
but the support and encouragement from
an overwhelming number of people soon gave us the courage
and strength to recover from the devastation.
After reuniting and re-igniting our energy,
we decided to continue our mission of preserving this traditional performing art.

Thanks to the Japan Foundation, the group was able to replace
and repair taikos lost in the disaster.
Our new costumes were designed by Junko Koshino,
with financial support from the National Federation of
UNESCO Associations in Japan.
We also received support from countless others,
which had made it possible for us to continue the resonance of the taiko beat.

The group is determined to continue its mission to conserve and introduce this traditional performing art of Ogatsu, to educate the next generation and pass on our legacy, and to keep a bonfire lit for the people who had no choice but to leave Ogatsu.

We will continue beating with the spirit of Date in hope of uniting people through the town of Ogatsu, which Load Masamune Date secretly loved more than four hundred years ago.

Contact us:
ogatsu.kurofune@gmail.com

(Translated by HandsOn Tokyo)

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